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早稲田大学 18 年ぶり総合優勝!!遂に三冠達成!! 第 87 回東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝) 現地応援レポート( 2011 年 1 月2日、 3 日) 「渋谷稲門会渡辺康幸監督(なべ)を男にする会」
『2011年1月2日』 今シーズン出雲駅伝、全日本大学駅伝を制し、創部史上初の大学駅伝三冠を達成すべく遂に箱根駅伝の日がやってきました。この日のために渡辺監督および早稲田大学駅伝競走部の各選手たちは日々苦しい練習を積み重ねてきたと言っても過言ではないと思います。この早稲田スポーツの歴史に残る大一番に、我々渡辺康幸監督(なべ)を男にする会メンバーも1泊2日の日程を組み、渡辺監督および早稲田大学駅伝競走部を応援すべく箱根駅伝応援ツアーを開催いたしました。 大会初日(往路編)
大会初日、早朝6時30分、箱根駅伝スタート地点である大手町に集合。まだ外は薄暗い様子でしたが、スタート付近は既に多くの人々の熱気で包まれていました。今年の注目はやはり今シーズン好調の早稲田大学。渡辺監督率いる早稲田大学チームには、常に報道カメラが向けられ、通り過ぎる通行人に中には写真を撮る方も多くいました。また、本日より2日間にわたりテレビ中継の解説を務める瀬古会長をはじめ多くの早稲田大学関係者の方々が激励に訪れました。 そしてスタート1時間前、我々もスタート地点の沿道に移動しました。沿道には多くの人々と各大学の応援部による応援合戦で熱気に満ちていました。もちろん我々早稲田大学応援部も選手を激励すべく素晴らしい応援をしていました。
今回は、丸山幹事長が早稲田三冠を祈願して V 3ならぬ「 W 3」マークのマグネットを作成、これを応援カーに貼り付けました。更に早稲田大学 OB でもあります小見野成一先輩による箱根駅伝応援歌「 Never and Ever 」でテンションも高まり、そして更に伊藤事務局長が中心となって作成した力作「箱根駅伝とことん早稲田応援 MAP 」で沿道の早稲田ファンも取り込み皆一丸となって早稲田チームの各選手を応援しました。 遂に午前8時、スタートの音と同時に各選手が一斉に飛び出しました。第1区走者は、1年生の大迫選手。先の全日本大学駅伝では、大健闘しチームに大きく貢献したホープの選手です。今日の大迫選手の調子は絶好調。1区の時点で2位以下を大きく離してトップで通過しました。 第2区はいつも安定した走りをみせる平賀選手、第3区はエース矢澤選手。そして第4区の前田選手へと襷が渡り、小田原中継所通過時点では早稲田の独走状態でした。今大会の早稲田大学の作戦は、前半で差を大きくつけ第五区の箱根の山登りを乗り切る。まさに作戦通りの展開でした。 そして、箱根駅伝往路の大きな見せ場でもある第五区の箱根の山登り。やはりマスコミの注目は、「山の神」と称された東洋大学柏原選手。迎え撃つ早稲田大学第五区走者は、ベテラン4年生の猪俣選手。第5区はまさに両者の一騎打ちとなりました。 猪俣選手はとても順調な走りでしたが、さすが区間記録保持者の柏原選手。徐々にその差が縮まり、そして残り8キロ付近で柏原選手にかわされてしまいましたが、しかし、その後の猪俣選手の粘り強い走りにより、その差わずか27秒で往路を2位でゴールしました。東洋大学の作戦としては往路で3分以上差をつける予定だったので、猪俣選手の走りはまさに大健闘でした。 全国のトップクラスの記録を持つ高校生アスリートの多くが推薦により入学する大学スポーツの世界。そのなか猛勉強の末、一般入学により早稲田の門をくぐった猪俣選手。猪俣選手のような生え抜きの選手を4年間かけてトップ選手に育て上げた渡辺監督および早稲田大学駅伝競走部。文武両道を貫く学生とそれを育てる恩師との信頼関係、これもまた素晴らしい早稲田の伝統ではないでしょうか。 大会初日終了後(宿泊旅館にて) 大会初日を終え、午後2時過ぎは宿泊予定の旅館に到着しました。本日の慰労と明日の早稲田の健闘を祈願して皆で乾杯しました。その後、渡辺監督および瀬古会長も我々の部屋に駆けつけてくれました。1位の東洋大学とのタイム差は27秒。これは早稲田にとっては射程距離の範囲。明日の復路の序盤6区、7区あたりで再び早稲田が再び首位になると予想。明日の早稲田ランナーの活躍が楽しみです。 大会2日目(復路編) 大会2日目、早朝の箱根はあたり一面雪化粧でした。しかし、復路スタート地点は多くの人々の熱気に包まれていました。そして朝8時、まずは往路優勝の東洋大学がスタート。27秒後、続いて2位の早稲田大学がスタート。 第6区は箱根の山下り。走者の高野選手は、スタート序盤に東洋大学選手の背後につけ激しい競り合いを展開。途中、転倒するアクシデントに見舞われ冷やりとする場面もありましたが、うまくリカバリーしタイム差を最小限に抑えました。そして山下りが終わり平坦のコースに移るとスピードを加速し首位をキープしました。 第6区で再び早稲田が首位に立ち、その後、7区の三田選手、8区の北爪選手に襷が渡りました。一時は、2位の東洋大学に1分以上の差をつけていましたが、さすが箱根駅伝3連覇を狙う東洋大学、徐々に1位の早稲田大学との差を縮め、遂にはその差を30秒にまでに迫りました。 この緊迫したレースの中、沿道には多くの応援する人々で盛り上がっていました。中にはエンジの旗を振り、早稲田大学を応援する人もたくさんいました。もちろん「箱根駅伝とことん早稲田応援 MAP 」を沿道の早稲田ファンの方々に手渡し、皆一丸となって早稲田大学ランナーを応援しました。 そして箱根駅伝も終盤になり、襷は9区の八木選手、10区の中島選手へと渡りました。9区の八木選手は、瀬古先輩もある意味で注目しているチームの中心選手。10区の中島選手は、重圧のなか18年ぶりの総合優勝を実現すべく大手町のゴールを目指しました。 レースは最後まで緊迫した模様で、1位の早稲田大学のすぐ後ろに2位の東洋大学がつけている状態でした。その差も30秒を切りそうな勢いの中、車内ではテレビ放送の中継で瀬古先輩が「タイム差が18秒を切ると危険ゾーン」との名解説をして頂き、車内では何とか18秒を切らないようハラハラドキドキしながら皆で一生懸命走る中島選手を見守りました。 また東京に入ると交通量も多いため、我々応援部隊も交通規制を受けましたが、幸運にもランナーの横を並行して走ることができ、選手をリアルタイムで見守ることができました。 そして遂に中島選手が大手町に到着し多くの人々が沿道から見守るなかゴールしました。18年ぶりの総合優勝、そして史上3校目となる三冠達成の瞬間でした。そして監督就任以来、念願であった渡辺監督の胴上げが始まり勝利の歓声に沸く中、渡辺監督の体が宙に舞いました。 今日この日は、早稲田大学の歴史において大きな1ページとなったに違いありません。そして同時に、我らが母校、早稲田大学は125年以上の歴史がありますが、この早稲田の歴史、伝統のひとつひとつが早稲田に携わる人々によって築き上げられたものであると改めて実感しました。また私自身、早稲田大学の歴史に残る大きな場面に間近でいられたことは早稲田大学の卒業生として幸運だったと思います。 今回、箱根駅伝応援ツアーには、初めての参加でしたがとても有意義で素晴らしい2日間でした。またこの2日間、エスビー食品陸上部部長の中村孝生様の運転する車に乗せて頂きました。箱根駅伝のコースを知り尽くした中村様の運転により、お陰さまでとても充実した応援ができました。この場をお借りして御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。 そして最後に、念願の総合優勝を果たしました渡辺監督および早稲田大学駅伝競走部の 皆様、感動をありがとうございました。 (文: H14 年社学、 H23 年ファイナンス研、大矢泰嗣)
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